麻雀教室で受講中に大地震……どんな状況&対応になると想像しますか??
2011年3月11日14時46分。ニューロン加盟各校はいつも通り、元気に楽しく開講していました。そこに大地震……。
各校舎の主任講師らスタッフチームはすぐさま対応。揺れが収まるのを待って屋外待避。上着や手荷物を受け渡して安全な場所へ避難。高齢者のサポートを重視。落ち着いた頃合を見計らって教室へ戻り、netと携帯で情報収集。皆様へ現状報告と、今後の対応についてアナウンス。
本部事務局からは最新情報と災害対応策をメール。各校舎では生徒の皆様それぞれの帰宅ルートを検索し、可能な方は帰宅を支援。ある校舎では先生の車で自宅までお見送り。帰宅が難しい方々には、当面の避難場所として教室を提供。寒くて暗い、混乱した街中で帰路を模索するのは、女性や高齢者には過酷すぎます。
停電した地区では蝋燭の光の元で、お食事したり麻雀したりで不安を緩和。結局、翌朝まで先生らと過ごした生徒も。交通機関の復旧を待って自宅へ。家に着いた頃に先生から連絡(したけど電話が通じず)。
そして翌朝。各校舎すべて通常どおり開講。徹夜のスタッフ多数も、なんとか明るく教室運営。生徒の方々も大勢来校。口々に「家に(ひとりで)いると不安なので……」「東北の家族に連絡がつかなくて、電話を待ちながら対局していいですか……」
今回の災害に際して「地域コミュニティの役割」を感じる瞬間がたくさんありました。先生と生徒として、名前を呼び合って長い時間を共にする、リビングで家族と過ごすような雰囲気と連帯感。頻繁に受講する方が少し休むと「あれ? ○○さんの顔、しばらく見ないね。風邪でも引いたのかな? 」という会話が自然と起きる、人と人との距離感。親しみ。
麻雀教室を名乗るカルチャー施設が本物の学校のような役割を担える。店員とお客様ではなく先生と生徒であることの意味。教員経験や教育学部卒が多いニューロン講師陣の志を改めて感じることが出来ました。今回の対応を団体代表として誇りに思っています。
町田では揺れている最中に停電。急いでビルの外へと避難。「上着と手荷物を持って走尾主任の先導についてって〜!」と中村仁子校長からのアナウンス。余震が続き、ビルの外に長時間いなければならなくなったり、ビルに戻れない可能性を考えつつ、スムーズに避難させるための的確な指揮。さすが校長先生。
同ビルに入居するテナントのスタッフの方々と連携し、各階や踊り場にスタッフを配置。ビル外まで互いのお客さまを安全に誘導することができました。
全般に、当スタッフチームは日頃より避難経路の確認をしていたので、素早く対処できたと思います。滞在していた30名の生徒のみなさまに怪我もなく、まずは一安心。
ビルの外へ出てからは、逃げ遅れた方がいないかの確認をしたあと、みなさまといろいろな会話で不安を和らげました。
そのころ近藤由利子先生は携帯のワンセグを利用し、いち早い情報の取得に努めました。徒歩や自転車で帰宅できる方には、道順の確認や注意すべきことを伝えていました。
「先生たちは落ち着いていて、わかりやすく誘導してくれて、とても安心できたわ」との声に、我々も嬉しくなりました。
停電の中、手積みで対局を続ける生徒のみなさま。不安を和らげるためにも、出来るだけいつも通りに過ごしていただけるように配慮しました。
と同時に、交通機関がストップして帰れなくなるケースを予測してコンビニで飲食物を購入。「こんなに早く、私たちのものまで用意してくださっているなんて……」とおっしゃっていただきました。
日が暮れて、手元が見えなくなり、さてどうしようか……と話し始めたタイミングで電気が復旧! みんなでほっと胸をなでおろしました。
しかし、この時点で帰宅方法のない方が8名ほど。「避難場所として麻雀教室はそれなりのサービスを提供できる。小学校などで寒い思いをするよりは……」 中村仁子校長は決断しました「このまま朝まで麻雀! 」「明日も通常どおり開講してみなさまを受け入れよう! 」
帰宅難民のみなさまには、居心地の良い施設で、日頃の仲間や先生と一緒に、食べて飲んで、笑顔で楽しい一夜を過ごして頂けたように思います。
開校の10時より、なんと10名ほどの方が来校くださいました。
「町田校がどんな様子か心配で」との声も。その温かい思いやりに、徹夜明けでそのまま勤務していた中村仁子校長は感動している様子でした。
昼頃になると「昨晩は勤務地で帰宅難民の方を監督していた」という方が帰る道すがら立ち寄ってくださったり、前日町田校から徒歩2時間で帰宅した方が無事の報告をしに来場くださったり。みなさまの温かいお気持ちで町田校は支えられているんだな……と改めて実感しました。